昔、部屋の窓を開けると目の前に田んぼが広がっていた。
夏の夜には網戸に虫が張り付き、蛙がうるさいくらいに鳴き、部屋の灯りの周りには何かしらの羽虫が飛んでいた。
冬は、風雪が吹きさらしの家を揺らし、鼻の穴がくっつくくらいの寒い夜にはオリオンとその眷属が誇らしげに田んぼの上の空で輝いていた。
今、部屋の窓を開けると目の前には隣家の庭と壁がある。田んぼは、宅地と公園に変わった。
昔は良かった、などと言う気はさらさらない。虫はいるけど入ってくることは滅多になく、風雪も周りに家があるから以前に比べてかなり弱くなってる。農薬も入って来ないし、敷地に接した畦道から悪ガキが庭に入ってきて遠慮なく駆け回ることもない。
快適だ。
思うところ、が全くないといえば嘘になる。けどそれは「以前に比べて」という益体もない想いから来るものだ。「こだわり」は大切だが過ぎれば自分を狭める。
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夜、灯りを消した部屋の窓から外を見ると何やら明るい。ふと空を見れば満月がそこにあった。ずいぶん長いこと「月明かり」を忘れていたんだな、と思う。
そういえば虫の鳴く声が聞こえなくなった。先々週まではうるさいくらいだったのに。
気づけば、月明かりの空、立ち並ぶ屋根の上にオリオンの肩口がわずかに見えた。まだここは夜が更ければ灯りの乏しい町。もう少し季節が進めば、昔のように眷属達と一緒に輝き始めるだろう。
短い秋が終わろうとしている。
そして私はまた、ここから始める。
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