とある日の夕べ ~転宅~

歳時記

「…あれ?この寂しさには憶えがある・・・」

雨上がり後の夕焼けを窓の外に見ながら荷造りをしていると、ふと激しい寂寥感に包まれた。すぐに思ったのは「ヤバいかな?」ということ。けれどその唐突な寂しさは、すぐに懐かしさに変わった。

「いつ、だったろう?」

間違いなく昔、荷造りか何かをしているときに同じように寂しくなったことがある。けどそれがいつだったか、どこでだったか、思い出せなかった。

「いくつか旅したからねぇ。」

軽くこれまでの転居を思い出しながら、懐かしさの中にほんの少しの寂しさを残したまま、荷造りに一区切りを着けて夕餉の支度を始めた。

*****

初めて家から出たのは17の春だった。行き先は「東京」。初めての旅。だが程なく夢破れて帰郷。とどのつまりが”都落ち”。何とか地元で就職してしばらく、転勤で「この街」に来た。二度目の旅。長いことそこで修行(?)して、「海の町」に転勤。三度目の旅。そして再び「この街」に戻ったあと、訳あって仕事を辞めて地元へ帰る。これが大して起伏のない私の「旅の概要」。

初めの旅は夢中だった。世間なんてものは知ったこっちゃないからノリはガキそのもの。ただ自分のことも解ってなかったから無茶をして体を壊して、終了。結局、故郷に泣きついた。

二度目からは仕事がらみの旅だったから、いつも慌ただしくはあったけどどこか冷静だった。不安はいつも何かしら抱えていた。けれど待ち受ける新しい事への好奇心と自身にかかる責任の方がそれを上回った。それまでとは違う「何か」が待っていたから。

*****

夕食をとりながら、気づいた。

「そうか、これから新しいことは…ないんだ。」

帰郷の後すべきことはある。取りあえず、ある。ただそれは二度目の旅から常にあった「待ち受ける新しい事」とは違う。今回それが、ない。

「ただ帰るための荷造りをしてるんだ…。」

そのとき、先刻の寂しさが今度は穏やかにふわっと包んだ。

わかった!思い出した!…「東京」だ。

*****

「帰ってくればいい」という親の言葉に縋って、わずかばかりの荷物を宅配窓口に持ち込んだときは夕暮れ時だった。もう東京には居られない。それが自分のせいであると解っているのに認めたくなかった。そして故郷に泣きついたことも許せなかった。そうなったのは、そしてそう決めたのは全部、自分なのに。

故郷宛ての宅配伝票の控えを渡されたとき、涙こそ出なかったけれど猛烈に悔しかった。そして強烈に寂しかった。まだまだここに居たかったから…。

空は多分夕焼けだったと思う。けれどよく覚えていない。それはきっと、俯いていたから…。

*****

「名残惜しいのかねぇ。」

食休みで何もせず、寂しくなり始めた部屋をただ眺めながら呟いた。まぁそうなんだろうな、と思う。何十年も住めば愛着がある。けれど”寂しさ”はあれど、あの時のような”悔しさ”は微塵もない。心残りはいくつかあってもこの街を出ること自体に後悔はない。

「できることはやった、と思うよ。」

長いこと携わった仕事は完走しなかった。人として築くはずの”家庭”は、私には影も形もない。「普通」の生き様としてはすべて中途半端だ。だから胸を張っては言えないけど、それなりの自負はある。友達や素敵な先輩、後輩もこの街でたくさんできた。その人達との繋がりはどのような形であれこれからも続く。他の人の判断や評価が気にならないと言えば嘘になるけれど、それはそれ。充実感は間違いなくあるんだ。

「あぁ、そっか、だからか。」

中途半端で終わった「東京」は、きっと意識の奥底で傷になっていたんだ。好奇心や肩書きがあるときの旅ではそれが表に出ることはなかった。傷を忘れていた。全くの「素」だけの自分でする旅は「東京」と今回だけだ。だから出てきた。

先刻の荷造りの時、意識せずにふと「中途半端な生き様だな。」とか、何か思ったのかもしれない。それが切っ掛けで傷が開いて当時の想いが吹き出したんだろう。ただ当時は持ち得なかった充実感があるから、寂しさは覚えても悔しさはないんだろう。

「ひと区切り、だね。」

人は帰るために旅をする、と誰かが言ってたのを思い出した。17の春から始めた「旅」は今回の帰郷でひとまず終わり。また「素」の自分に戻って、始める。第二の人生とか人生第二章とか、いろんな言い方があるけどそれなんだろう、きっと。

ホントに第二か?第三なんじゃないか?ひょっとして「まだ始まってもいねぇ」じゃないのか?。まぁ、それはしばらくしてから考えることにしよう。区切りが付いたのは確かなんだから。

その日の分の”やること”はあと少し残っていた。散らかった荷物に再び取りかかったとき何気に窓の外を見たら、黄昏に星が見えた。この部屋で初めてかもしれない。

神秘的に感じた。誰かが見せてくれた、何かが見せてくれた、そんな気がして。

ふと「ありがとう。」と呟いてた。

きっと、誰に、じゃない。何に、でもない。だって、そう伝えるべき人が、そう伝えるべきものが、とても多すぎるから。

だからすべてに「ありがとう。」

「これからもよろしく。」

 

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